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東京高等裁判所 平成6年(ネ)1708号 判決

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

一  本件特許権の帰属

請求の原因1の事実(被控訴人が本件特許権の特許権者であること)は、当事者間に争いがない。

二  控訴人装置の使用と本件発明の実施の点について

1  争いのない事実

請求の原因2の事実(本件発明の特許請求の範囲の記載、その分説)及び同3の事実(控訴人が控訴人装置を業として製造、販売していること及び控訴人装置が物件目録(一)、(二)記載のとおりであること)は、当事者間に争いがない。

そこで、以下、控訴人装置の使用が本件発明の実施に当たるか否かについて検討する。

2  構成要件(1)について

(一)  構成要件(1)中の「略同一形状」の点について判断する。前記特許請求の範囲第1項の記載によれば、「載台の上面」は、その上に載せられる「薄板状被載置物」と「略同一形状」のものである。したがって、本件発明における載台の上面は、その被載置物と大きさがほぼ同一であり、かつ、形状がほぼ同一であることを要件としていると認められる。なお、被載置物の大きさを「吸着部と同等か又は吸着部よりやや大きい」ものであると解すべき根拠はない。

そして、控訴人装置を示すものとして当事者間に争いがない物件目録(一)、(二)の各一項によると、「仮り受け台7の上面は、(被)載置物であるウエハ1とほぼ同一の円形状であり、その直径はウエハ1の直径よりやや大となっている。」のであるから、控訴人装置において、ウエハ(被載置物に相当)と仮受け台(載台に相当)とは、大きさも形状もほぼ同一であると認められる。

そうすると、控訴人装置の仮受け台の上面の大きさ及び形状は、本件発明の「略同一形状」との要件に該当するものである。

(二)  次に、本件発明は、「その面積の少なくとも半分以上が該載台上に載るように載置し」(構成要件(1))を要件としている。本件発明が被載置物を載台と幾らかでも中心をずらして載せることを要件としていると解することはできない。

前記物件目録(一)によれば、「載せられたウエハ1は、仮り受け台7の表面にその中心が合致するように載り、」(二項〈5〉)というものであり、前記物件目録(二)によれば、「放されたウエハ1は、仮り受け台7の表面にその中心が合致するように載り、」(二項〈5〉)というものであり、いずれもウエハの半分以上が仮受け台に載せられるものであるから、本件発明の右「その面積の少なくとも半分以上が該載台上に載るように載置し」との要件に該当するものと認められる。

(三)  控訴人は、本件発明は、載台が吸着部においてウエハを吸着固定してウエハ研削を行い、液体層形成箇所となり、また、気孔率の大きな物質からなる円形状の吸着部と気孔率の小さな物質からなるリング状の外縁部から構成されていることを構成要件としている旨主張する。しかしながら、前記特許請求の範囲第1項には、控訴人が主張する載台の構成を限定する記載はなく、控訴人がその根拠として主張する本件公報中の記載は、いずれも本件明細書中の実施例についてのものにすぎないから、控訴人のこの点の主張は採用できない。

また、控訴人は、本件発明は、載台の上面を「平板状」のものとして構成することを要件としている旨主張する。しかしながら、前記特許請求の範囲第1項には、載台の上面を「平板状」に限定することを示す記載はない。そして、同特許請求の範囲第1項の記載によれば、載台の上面には、液体の表面張力によって被載置物を中心位置に移動させるために「該載台の上面及び該被載置物の下面に付着する液体の層を生成」するものであるから、このような液体の層が生成さえできれば、載台の上面を「平板状」のものに限定しなければならない理由はないと認められる。したがって、この点の控訴人の主張は採用できない。

(四)  以上のとおりであるから、控訴人装置は構成要件(1)を充足する。

3  構成要件(2)について

(一)  まず、液体の供給時期について検討する。前記特許請求の範囲第1項には、液体の供給時期に関して、「該被載置物の載置と同時に或いはその前又は後に……液体を供給して」と記載されているから、液体の供給は、被載置物の載置の前後を問わず、何時の時点であってもよいと認められる。

この点につき、前記物件目録(一)によれば、「仮り受け台7の上面に設けられた水供給孔8から水が仮り受け台7の上表面に常時供給され」(二項〈3〉)、前記物件目録(二)によれば、「仮り受け台7の水導管11から導入された水は、常時中盤13の窪部3Aから送水孔3B通って、受盤12の環状壁2Bと中盤13外周面の隙間14から環状壁2Bで区画された内側洗浄槽3Cに供給されて内側洗浄槽3Cに溜る。この水は常時供給されており、」(二項〈3〉)というのであるから、控訴人装置においては、仮受け台の上面に常時水が供給されているものと認められ、したがって、被載置物の載置の前に水を供給しているものということができるから、本件発明の「該被載置物の載置と同時に或いはその前又は後に……液体を供給して」との要件に該当するものである。

(二)  また、液体の量についても、前記特許請求の範囲第1項には、「載台の上面のほぼ全体に亘って液体の層を生成するに充分な量の液体を供給して該載台の上面及び該被載置物の下面に付着する液体の層を生成し」と記載されており、そこでは、被載置物が載台の上面と接触しない程度の深さの液体の層を形成し、載台の上面のほぼ全体にわたって液体の表面張力が発現するのに足りる量の液体を要するものと認められる。

この点に関し、控訴人装置においては、前記物件目録(一)によれば、水が、前記のとおり、仮受け台の上表面に常時供給され、「該上表面からは常時仮受け台周縁から流れ落ちる水の層9を形成している。」(二項〈3〉)、「載せられたウエハ1は、……常時供給される水によって形成される水の層9の上に浮遊する」(二項〈5〉)とあり、前記物件目録(二)によれば、「この水は常時供給されており、仮受け台7の外壁15の環状外壁5Aからは常時流れ落ちる水の層9を形成している。」(二項〈3〉)、「放されたウエハ1は、……常時供給される水によって形成される水の層9の上に浮遊する。」(二項〈5〉)というのであるから、控訴人装置においても、仮受け台上面に、常時供給される水によって水の層が形成され、その上に載せられたウエハがその層の上に浮遊し、水の表面張力が発現していると認められるから、控訴人装置においても、被載置物が載台の上面と接触しない程度の深さの液体の層を形成され、載台の上面のほぼ全体にわたって液体の表面張力が発現するのに足りる量の液体が供給されていることが認められる。

したがって、控訴人装置は、本件発明の「載台の上面のほぼ全体に亘って液体の層を生成するに充分な量の液体を供給して該載台の上面及び該被載置物の下面に付着する液体の層を生成し」との要件に該当するものと認められる(なお、ベルヌーイの法則の点については、後記4で判断する。)。

(三)  本件発明の液体の層が流動層を含むか否かについて検討する。

本件発明の必須要件項である前記特許請求の範囲第1項はもとより、実施態様項である第2項、第3項には、液体の層が流動層である場合を排除する明確な記載はない。

すなわち、本件明細書中の特許請求の範囲第2項には、「該載台の少なくとも中央部は有孔物質から形成されており、該載台の下側から該載台を通して該載台の上面に該液体をゆっくりと噴出せしめて、該載台の上面に該液体の層を生成する、特許請求の範囲第1項記載の位置合せ載置方法。」と記載されていることは、当事者間に争いがないところ、本件明細書中には、このように噴出せしめられた液体の噴出が、その表面張力によって該被載置物の中心位置合せを行った後に、停止させられることについての記載はない。そして、成立に争いのない甲第二号証によれば、本件明細書中の発明の詳細な説明の項では、「前記実施例では、載台3を基台1よりもかなり高くした。そのため、載台3から溢れた水は、直接基台1の上を流れて排出される。これに対し、ウエハが小さなもの19である場合には、第3図および第4図の拡大図に示すように基台1′と載台3′とを略同一平面にすることが望ましい。したがってこの場合には、載台3′の外周に排水溝16を形成し、溢れた水を排水溝16へ落し図示しない排出口から排出する。」(本件公報3欄三九行ないし4欄三行)と説明されていることが認められる(この記載を、本件公報3欄一四行ないし二〇行に記載された載台から研削作業の終了したウエハを取り除き、併せて載台を洗浄するときの説明であり、ウエハの位置合せのため液体層を作るときの説明ではないと解することはできない。)。これらの記載は、特許請求の範囲第2項に記載のように中心位置合せ現象が生起する前から噴き出していた液体は、載台の上面及び被載置物の下面に付着する液体の層を生成するに充分な量の液体を供給し終わった後においてもなお供給され続けることを示唆しているものと認められる。

控訴人は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載中の「すると、このウエハ9′と載台3とは水で濡らされ、水はその接触部分が凹んだ状態となる。」(本件公報3欄二九行、三〇行)との記載は、本件発明の液体の層が静止層であることを示している旨主張する。前記甲第二号証によれば、右記載は、「つぎに、被載置物としての薄い円板状の未研削ウエハ9′をその面積の少なくとも半分以上が載台3の上に載るようにして載置する。」(本件公報3欄二六行ないし二九行)との記載に続くものであることが認められる。この文脈の中で読めば、右「凹んだ状態」との記載は、平面的に上から見たときのウエハと水の境界部分を「接触部分」と表現し、ウエハが載せられていることによりウエハの周囲において水の表面が上下方向に凹んだ状態となることを表現したにすぎないものと認められる。

控訴人は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載中の「液体の端面に凹みが形成されるものでなければならない。」(本件公報4欄二六行、二七行)との記載も、本件発明の液体の層が静止層であることを示している旨主張する。確かに、この記載は、前記本件公報3欄二九行、三〇行の記載とは異なり、載台と被載置物との間に挟まれた液体の層が、文字どおり端面に凹みを形成する状態を表現したものと認められる。しかしながら、前記甲第二号証によれば、この記載は、「前記実施例では液体として水を利用したが、表面張力で移動させるには、少なくとも載台と被載置物とに付着する性質をもち、したがって、液体の端面に凹みが形成されるものでなければならない。この性質を有するものであれば水に限られるものではない。」(本件公報4欄二四行ないし二九行)との記載中のものであることが認められ、「端面に凹み」との表現は、単に利用できる液体が水に限られず表面張力を発現する液体であれば足りることを表現するために使用されたものと認められる。したがって、「端面に凹み」との記載は本件発明において流動層が除外されていると解することの根拠とはなり得ないといわなければならない。

控訴人は、さらに、本件発明が流動層を含まないことの根拠として、載台に吸着部と同等の面積の被載置物を載置した場合、吸着部を超える液体層を形成したときは、被載置物の中心位置合せができないことを挙げるが、本件発明における被載置物の大きさを「吸着部と同等か又は吸着部よりやや大きい」ものと解することはできないことは前記2(一)に判示のとおりである上、前記甲第二号証によれば、本件発明の願書に添付した図面の第2図、第4図では載台上の液体の層は、吸着部を超えて外縁部まで形成されていることが認められるから、控訴人のこの点の主張は、その前提を欠き、採用できない。

また、本件発明は液体層の表面張力を利用することを特徴とするものであるところ(構成要件(3))、後記4に判示のとおり、液体が流動層の場合にも液体層の表面張力が発現するものであるから、この点からも、本件発明が水の層が流動層の場合を含まないものとは解することはできない。したがって、本件発明は液体の層が流動層の場合を含むものである。

(四)  以上のとおり、控訴人装置は、構成要件(2)を充足する。

4  構成要件(3)について

(一)  構成要件(3)から明らかなように、本件発明による位置合せ載置方法は、液体層の表面張力により、被載置物の中心位置合せをするものである。

(二)(1) これに対し、前記物件目録(一)によれば、控訴人装置(一)は、「反転アーム6によって仮り受け台7の上方まで搬送されたウエハ1は、その裏面を上にして仮り受け台7の表面に形成してある水の層9を圧縮して、水の層の水をはね飛ばして仮受け台面に押圧状態で載せられる。」(二項〈4〉)、「載せられたウエハ1は、仮り受け台7の表面に中心が合致するように載り、常時供給される水によって形成される水の層9の上に浮遊する。」(二項〈5〉)、「このときウエハ1の中心位置が、万一……ずれていても、仮受け台周縁から流れ落ちる水の層9の表面張力によって水の流れに従って……ウエハ1はその中心位置が仮り受け台7のほぼ中心位置になるように移動して水の層の面に浮遊する。」(二項〈6〉)というものであり、前記物件目録(二)によれば、控訴人装置(二)は、「反転アーム6によって仮り受け台7の上方まで搬送されたウエハ1は、その裏面を上にして仮り受け台7の表面に形成してある水の層9を圧縮して、水の層の水をはね飛ばして押圧状態で載せられる。」(二項〈4〉)、「放されたウエハ1は、仮り受け台7の表面にその中心が合致するように載り、常時供給される水によって形成される水の層9の上に浮遊する。」(二項〈5〉)、「このときウエハ1の中心位置が、万一仮り受け台7の中心位置とずれていても、仮受け台に形成された仮受け台の外盤15の環状外壁5Aから常時流れ落ちる水の層9の表面張力によって、水の流れに従ってウエハ1はその中心位置が仮り受け台7のほぼ中心位置になるように移動して水の層の面に浮遊する。」(二項〈6〉)というものであるから、控訴人装置においては、ウエハは一旦仮受け台の表面にその中心が合致するように載せられた場合には、その後常時供給される水によって形成される水の層の表面張力がその状態を維持し、反転アームの精度等の理由によりウエハが中心位置がずれた状態で置かれた場合にも、右水の層の表面張力がウエハをその仮受け台の中心位置に合致するように移動させ、水の層の面に浮遊させることが認められる。

(2) 控訴人は、控訴人装置においては、ウエハは仮受け台に常時供給される流動層としての水の層に機械的に中心を合致して反転載置されると主張するが、この主張がウエハが一旦仮受け台上の水の層にその中心が合致するように載せられさえすればそもそも位置合せの必要がないとの趣旨を含むとしても、控訴人装置における反転アーム等が水の層の表面張力による位置合せを不要とするまでの精度を持つものと認めるに足りる証拠はない上に、仮にウエハが一旦仮受け台上の水の層にその中心が合致するように載せられるとしても、そのウエハをその中心位置に維持するために以後何らの物理的力も必要としないと認めることもできないから、控訴人のこの点の主張は採用できない。

(3) 控訴人は、当審になって、控訴人装置の仮受け台における中心位置合せ機能は、水の層の表面張力に勝るベルヌーイの法則に基づく流水の作用により行われるものであり、水の層の表面張力は、ただ被載置物を浮上させるという補助的な役割を果たしているにすぎないと主張する。

控訴人の右主張が正しいとすれば、ベルヌーイの法則による力を発現する控訴人装置の仮受け台に形成される液体層は、仮受け台の直径より極く小径のウエハであっても、仮受け台の流水層にその中心をまたいで載せれば、そのウエハを仮受け台の中心に合致した位置に移動させ、その状態を維持させるはずである。

しかしながら、弁論の全趣旨により右条件下で小径のウエハが仮受け台の中心に合致した位置に移動するか否かを実験した結果を撮影したビデオテープであると認められる検甲第一号証によれば、右条件下でウエハが仮受け台の中心に合致した位置に移動することはないことが認められる。

控訴人は、検甲第一号証においてベルヌーイの法則による現象を確認できなかったのは、実験に使用した仮受け台の模型の構造や実験方法に不備があったため、ベルヌーイの法則による現象を呈する水流を造れなかったためであると主張するが、検甲第一号証を仔細に検討しても、模型の構造や実験方法に不備があったものとは認められない。かえって、控訴人がその主張の裏付けとして提出する乙第二一号証の二及び検乙第一号証は、仮受け台の中心にとどまるウエハの状態を撮影したもので、ずらせて載せたウエハが仮受け台の中心位置に移動する動き自体を撮影しておらず、しかも、仮受け台の中央部に円状の壁部が立っていてその中央から水が流れ出ているため盆地状の水の流れが形成されているから、ウエハはその盆地状をなす水の中央部にすっぽりと嵌り込むため中心位置にとどまるにすぎないのではないかとの疑問が強く残るものである。

したがって、控訴人装置の仮受け台における中心位置合せ機能が水の層の表面張力に勝るベルヌーイの法則に基づく流水の作用により行われるものとの控訴人の主張は採用できない。

(三)  したがって、控訴人装置は、構成要件(3)を充足する。

5  構成要件(4)について

(一)  控訴人は、控訴人装置は、ウエハの洗浄を解決課題とするものである旨主張する。

しかしながら、《証拠略》によれば、いずれも昭和六〇年ころ作成にかかる控訴人装置の英文及び日本文による各カタログには、仮受け台の項に、常時純水を供給する目的が、「ウェーハの表面とセラミックチャクテーブルとの間に微片が存在する状態でグラインディングを行なっているとウェーハ上にマイクロクラックやくぼみを生じさせるであろう不純物をそのウェーハから取り除く」ことがそれぞれ記載されているほか、英文のカタログには、更に右目的が「水の表面張力によるウェーハの正確な位置付け」にある旨追加して記載されていることが認められる。また、《証拠略》によれば、控訴人装置においては、仮受け台に反転アームによって搬送されたウエハは、その後、スウィングアームによってローディングステーションのセラミックバキュームチャックに搬送吸着される構造を有していること、バキュームチャックは同心円上に嵌装されており、ウエハの径に応じて切り替えられること、ウエハの中心がずれて置かれると、チャックの吸引力が低下し、ウエハが仮受け台から離脱するおそれがあること、したがって、次の工程においては、セラミックバキュームチャックにウエハをその中心を合わせて載置する必要があり、ウエハを仮受け台の中心に位置合せしておく必要があること、昭和六一年一二月、及び昭和六三年一一月に各開催された東京国際見本市会場において、展示されていた控訴人装置(SVG-五〇二)について、説明技術員として待機していた控訴人社員は、被控訴人の社員の質問に対し、仮受け台では、ウエハの下面を洗浄している旨及びセラミックバキュームチャックにウエハを載置するに際して、チャックの中心にウエハを位置合せする必要がある旨答えたこと、が認められる。これらの事実によれば、控訴人装置は水の表面張力による中心位置合せを少なくとも解決課題の一つとしているものと認められる。

(二)  したがって、控訴人装置は、構成要件(4)を充足する。

6  本件特許権の無効等の主張について

控訴人は、本件発明は乙第四号証発明から容易に推考できたものであるから、本件特許権に基づいて特許権侵害の申立てをする行為は権利の濫用として許されない、仮にそうでないとしても、本件発明の技術範囲は厳格に解釈されなければならない旨主張する。

しかしながら、《証拠略》によれば、控訴人は、本件発明に対して提起した無効審判手続(平成三年審判第一二六四〇号)において、乙第四号証の特許公報を証拠の一つとして提出し、本件発明は出願前に国内で頒布された刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、特許法二九条二項の規定により特許を受けることができないと主張したが、特許庁は、平成四年二月二五日、控訴人の主張する理由及び証拠方法によっては本件発明を無効とすることはできないとして右審判の請求は成り立たないとの審決をし、右審決は、同年三月二七日確定したことが認められるから、控訴人の主張はその前提を欠き、採用できないといわなければならない。

7  結論

以上のとおり、本件特許権を無効と解することはできず、また、控訴人装置の載置方法は、構成要件(1)ないし(4)をすべて充足するから、控訴人装置の使用は、本件発明を実施するものというべきである。

三  間接侵害について

1(一)  本件発明においては、「被載置物の載置と同時に或いはその前又は後に、載台の上面のほぼ全体にわたって液体の層を生成するに充分な量の液体を供給」する構成を採用し、液体の量及び強さに関して何ら限定していないから、右液体又は液体の流れがあることから生ずる程度の洗浄機能は当然有するものであるが、右の程度の洗浄機能は飽くまで付随的なものにすぎないことが認められる。

(二)  これに対し、控訴人装置が有する洗浄機能も、右に説示した本件発明が予定する程度の洗浄機能にすぎなく、社会通念上経済的、商業的ないし実用的であると認められる用途ではないものと認められる。

すなわち、前記物件目録(一)、(二)によれば、控訴人装置においては、「反転アーム6によって仮り受け台7の上方まで搬送されたウエハ1は、その裏面を上にして仮受け台7の表面に形成してある水の層9を圧縮して、水の層の水をはね飛ばして(仮受け台面に)押圧状態で載せられる。」(各二項〈4〉)というものであり、また、成立に争いのない乙第二号証及び弁論の全趣旨によれば、右ウエハ1がスウィングアームにより仮受け台からローディングステーションのセラミックバキュームチャックに搬送される際、湧き水の湧出力に対抗した圧力をかけることが認められる。

しかしながら、《証拠略》によれば、控訴人装置はクリーンルーム内で使用されるものであるところ、クリーンルーム内に存在する可能性のある大きさである二八μmのグリーンカーボランダムをゴミの代わりにウエハに散布して、反転アームでの押圧及びスウィングアームによる横方向への移動を含めて控訴人装置の仮受け台の状況を再現しても、該ウエハには右カーボランダムが除去された領域と、除去されない領域が存在し、すべてのカーボランダムの除去はできなかったこと、控訴人装置の前記カタログでは、その仕様欄に「7 ウエハ洗浄装置」の欄が設けられているにもかかわらず、その洗浄方式として「水+ブラシ及びスピナ」とのみ記載され、これは「アンローディングSt.」及び「スピナー」における洗浄をいうものであることは、右各カタログの当該各記載から明らかであり、仮受け台欄における前記洗浄に関する記載に対応する記載がなされていないことが認められる。この認定に反する乙第一二号証の記載は、甲第一三号証に照らし採用できず、他に右認定を左右するに足りる的確な証拠はない。

そうすると、控訴人装置の仮受け台にウエハの何らかの洗浄効果があるとしても、本件発明も予定する程度の洗浄効果であり、付随的なものにすぎなく、社会通念上経済的、商業的ないしは実用的であると認められる用途ではないといわなければならない。

2  他に、控訴人装置の仮受け台に他の機能又は目的があると認めることはできない。

そうすると、控訴人装置の仮受け台は本件発明に係る位置合せ載置方法の実施にのみ使用される物であるということができる。

3  したがって、控訴人が控訴人装置を業として製造し、譲渡し、貸渡し、譲渡若しくは貸渡しのために展示し、又は輸入することは、本件特許権を間接に侵害するものと認められるから、控訴人に対し、控訴人装置の製造、譲渡等の差止め(原判決主文第一項)を求める請求は理由がある。

また、かかる侵害行為は、特許法一〇三条により、過失があったものと推定されるところ、これを覆すに足りる証拠はないから、控訴人には、被控訴人が控訴人の侵害行為により被った損害を賠償する義務がある。

四  損害額について

1  控訴人が控訴人装置を備えた精密研削盤を一台当たりの販売価額が四〇〇〇万円で、合計二五台販売したことは、当事者間に争いがない。

2  前記に認定の事実に加え、《証拠略》によれば、(1)控訴人装置を備えた精密研削盤は、シリコンやガリウム砒素に代表される半導体素材の研削を高精度に、かつ迅速に行なうことを目的としていること、(2)控訴人装置の仮受け台に載せられたウエハは、その後スウィングアームによって、研削を行うローディングステーションのセラミックバキュームチャックに搬送・吸着されること、(3)控訴人装置においては、前記セラミックバキュームチャックにウエハを載置するに際して、チャックの中心にウエハを位置合せする必要があること、(4)したがって、控訴人装置を備えた精密研削盤の右のような目的を達成するためには、控訴人装置によって、研削の対象物であるウエハの中心位置合せを行うことが必要不可欠であること、(5)仮受け台に中心位置合せ機能を持たせることにより、精密研削盤の一部の精度を比較的荒く製造することができるため、製作原価をかなり低減することができること、(6)他方、右精密研削盤は、飽くまでも研削加工を主たる目的とするものであって、中心位置合せ自体を目的とするものではないこと、(7)仮受け台の製造原価は一六万円程度であり、その市販価格は三二万円程度であること、(8)遅くとも控訴人が昭和六一年ころには控訴人製品を製造していたことが認められる。これらの事実に、前記販売数量、販売価格等の諸事情を考慮すると、控訴人装置が前記精密研削盤に寄与する割合は、右精密研削盤の価格の一割とみとめるのが相当である。

3  次に、本件特許権の実施に対して通常受けるべき金銭の額について検討すると、前記判示の本件発明の技術内容及び程度、控訴人装置を備えた精密研削盤において、控訴人装置の有する技術的、経済的意義のほか、《証拠略》によれば、被控訴人は、現在、その製造販売する製品に本件発明を利用していないものの、将来においては、その製品について本件発明を実施する計画があることが認められ、これに、当裁判所に顕著な国有特許権実施契約書及び弁論の全趣旨を総合して考慮すると、本件特許権の実施に対して通常受けるべき金銭の額は、控訴人装置の売上価格の五パーセントをもって相当であると認められる。

4  そうすると、被控訴人の被った損害額は、次の計算式のとおり、五〇〇万円となる。

四〇〇〇万(円)×二五(台)×〇・一×〇・〇五=五〇〇万(円)

五  結論

以上のとおり、被控訴人の請求は、控訴人装置の製造、譲渡等の差止め(原判決主文第一項)及び損害金五〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成五年一一月五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払(同第二項)を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤 博 裁判官 浜崎浩一 裁判官 市川正巳)

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